小説 昼下がり 第五話 『晩秋の夕暮れ。其の二』



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『晩秋の夕暮れ。其の二』平原(ひらばる) 洋次郎
      (二十三)
 「ただいま!」。妙子の明るい、元気な
声が響いた。
 「おかえり。あら、妙子、一人?」
 「うぅん、啓ちゃん、透も一緒よ。ま
あ、あの二人、のんびり歩いているわ」
 啓一と透は身振り手振りを交え、笑いな
がら、ゆっくりと歩いている。
 妙子は多少のいらだちを覚えた。
 「啓ちゃん! 何してるのよ。みんな待
ってるわよ、早く歩いて!」
 ぼんやりと輝く街燈に照らし出された、
春待つ桜並木は、どこか寂しそうだった。
 下宿の食堂には、山田教授、ロバート、
君ちゃんが、くつろいだ表情で二人を待
っていた。
 *山田隆…某東京電子工業大学の教授。
専門は電子工学。五十才。
 恰幅が良く、多少、髪は薄い。短く整え
た顎鬚(あごひげ)が温厚な顔立ちに野性的
な風貌を与えている。
 女房、子供を浜松(静岡)の自宅に置き、
単身赴任。自宅に帰るのは月に一度だけ。
 下宿生活は一番長く、開業以来早、八年
になる。
 秋子との因縁は海よりも深い。

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 *ロバート・ベルモンド…フランス系カ
ナダ人。四十二才、独身。
 生まれはオタワ(カナダ)。両親はフラ
ンス系移民。父・母、ロバートともモルモ
ン教徒だったが、ロバートがオタワ・ハイ
スクール時代、あることがきっかけでキリ
スト教(プロテスタント=新教)に改宗。
 その原因は両親の離婚。元来、モルモン
教は離婚には寛容ではない。
 むしろ、酒・煙草等においても厳格な規
律が支柱にある。
 愛する父母との離別がきっかけで、打ち
拉(ひし)がれた多感な心を癒(いや)して
くれたのが、ハイスクール時代の教師兼牧師
のトニーだった。
 その後、オタワ大学神学科に入学。その
時に東洋の神秘『能(のう)』に出合う。
 『Japon(日本)』だった。
 ロバート二十才の頃、トニーの勧めで日
本行きを決意。矢も盾もたまらず、オタワ
に支部を置く赤十字社の海外派遣隊に志願。
そして入隊。
 派遣先は第二次大戦の戦火たけなわの頃、
韓国・京城(ソウル)から南へ百五十qに
位置する太田(テジョン)。そこで知り合っ
たのが当時、若くして京城(ソウル)女子師
範学校で臨時講師をしていた秋子。

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 終戦後、日本に帰った秋子とロバートの
文通が続き、秋子が下宿屋を開業して二年
後、ソウルで神学校を友人と共同経営して
いたロバートの身元引受人となり、ようや
く念願かなって日本の土を踏む。
 現在は、電車で十五分のところにある聖
マリアン教会の副理事として多忙を極めて
いる。
 立端(たっぱ)〔背丈〕は百八十三a、髪
はブロンドで赤ら顔。郷に入らずんば郷に
従え、とばかり、今は黒髪に染めている。
 日本在住六年。フランス語、英語はもち
ろん、現在は日本語も堪能。日常生活には
何ら支障はない。
 *田所君美(きみ)…昨年、某大学教育
学部を卒業後、小学校教員の道へと進む。
 秋田県出身。二十三才。
 秋子とはパーマ屋で、たまたま隣同士に
なり会話が弾み、その時、下宿屋を探して
いた君美は秋子に誘われるがまま入居一年。
 黒ぶちの眼鏡がBG〔ビジネスガール〕
のようで、キリッとした君美の顔立ちに似
合う。背丈は百六十五aぐらい。眼鏡をか
けた、しなやかな肢体は冷たく感じるが、
根は優しくおしとやか。
 山田教授と同じく、日本酒をこよなく愛
するスラリとした秋田美人。

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